「この後の再演で作品がさらに強度を増すのを見守りたい。」

2023.07.03 COMMENT

2023年3月の愛知公演の感想をバレエライター森 菜穂美さんよりいただきました。


愛知県芸術劇場小ホールに、漆黒の舞台空間が現れた。黒い紐がいくつもぶら下がっている、大巻伸嗣による舞台美術が、降り続ける熱帯の雨のよう。舞台機構により上下しカーテンのような効果もある。evalaによる音楽の響き方、サウンドデザインによって、むせかえるような「雨」の世界観へと観客も没入する。米沢唯、吉﨑裕哉、そしてアンサンブルという構成。肉の塊のように粘り気かあって地面を這うアンサンブルが、終盤に爆発したように駆け回る。アンサンブルといえども、ひとりひとり固有の個性があり、不協和音を創り上げて観る者の心をざわつかせる。

ヒロイン、トムソンを演じた米沢唯は、脚が語り、脚だけでファムファタルを体現していた。裸足だがポワントを履いているような緊張感のある脚。ぶら下がっている黒い簾のような紐と絡む姿が妖艶で、今まで見たことがない顔を見せた。終盤に米沢は紐に絡みながらアンサンブル一人一人と対話して魔性の本質をあらわにする。吉﨑とのデュエットはシャープで鮮やかな軌跡を描き。ここでもアンサンブル同様の粘り気が動きにあって、熱帯雨林の微暗い湿り気、降り続く雨が人をじわじわ侵食していく様子に引き込まれていく。この後の再演で作品がさらに強度を増すのを見守りたい。

森 菜穂美

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